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人が集まらない時代の「お掃除屋さん」の生き残り戦略

2025/05/09 10:00

―――どのようなお子さんでしたか?

棚橋 岐阜でも田舎の方に住んでいて田んぼに囲まれるような環境で育ちました。田んぼを駆け回って遊んでいました。小学5年生の時に父親の転勤で横浜に転居しました。
転向した横浜の学校にはいじめっ子がいて、同級生を次々にいじめていました。私は小さいころから空手をしていたこともあり、その子に立ち向かったことがありました。その翌日からクラスではヒーロー扱いを受けたのを覚えています。そのような経験からリーダーシップを持ったと思います。人の期待に応えることは素晴らしいと感じました。
また、中学生の時から社長をやるつもりでいました。祖父を見ていて、社長に憧れがありました。中学2年生までには私がやると言っていました。仮にこの会社を継がなかったとしても、社長をやっていたと思います。

―――社長就任のきっかけを教えてください。

棚橋 技研サービスは祖父が立ち上げた会社で、私は3代目にあたります。当初は親族による承継は想定されていませんでしたが、私が「継ぐ」と表明したことで状況が大きく変わりました。その直後、幹部社員の大量離職が起き、売上は18億円から8億円に急落。3期連続の赤字も経験し、まさに“事業承継の失敗例”そのものでした。
ただ、逆境の中で「このままでは会社は持たない。一本足経営ではリスクが大きい」と痛感し、多角化経営への転換を本格的に進めることを決意しました。現在ではグループ会社10社、売上高は55億円まで成長することができました。

―――多角化経営において、最初に着手したのは?

棚橋 着目したのは“人材”分野です。10年前、世間ではまだ人手不足が叫ばれていなかった時期に、M&Aで人材派遣会社を買収しました。「なぜ清掃会社が人材派遣を?」と驚かれましたが、私は人口減少による人材不足と、外国人労働力の必要性を先読みしていました。買収先には外国人技能実習制度の監理組合もあり、それもグループに取り込みました。現在、組合では350名以上の外国人を他社に派遣しており、グループ内にも約50名が活躍しています。技能実習に加え、特定技能や育成制度も活用し、外国人材が日本の職場で安定的に働ける仕組みを構築しています。
この“人材サービス”は今や、私たちの大きな柱のひとつ。人手不足に悩む企業にとって、解決策そのものを提供できる体制を築けたのは、この時の判断が大きかったと思います。

―――新卒採用にも力を入れておられますね。

棚橋 はい。業界では「新卒採用は難しい」と言われますが、だからこそ私は採用の仕組み自体を設計することから始めました。人材コンサルの知見を取り入れながら、インターンの設計、会社の見せ方、説明会のブースデザイン、社員の声かけまで、すべてを見直しました。
その結果、現在は毎年800名近いエントリーが集まり、地方企業でありながらIターン・Uターンでの入社も実現しています。特にインターンは「地域課題をもとに新規事業を考える」実践型で、参加学生が別の学生を誘ってくれるほど評判になりました。今では私自身、大学で単位認定の講義も担当しています。

―――新卒社員の育成方針についても教えてください。

棚橋 私は「できると思えば任せる」タイプです。現場で長く下積みを…ではなく、1年目から数字管理やマネジメントも経験してもらいます。もちろん育成は属人的な方法ではなく、再現性ある外部研修も取り入れています。おかげで、他社経営者や大手企業からインターン設計や内定者研修など、採用コンサルの依頼も増えてきました。
地方の中小企業でも、実践的な仕組みづくりをすれば人は育つ。それを証明していきたいと思っています。

―――業務改善やDXについてはどう取り組まれていますか?

棚橋 私自身、現場の非効率にはずっと違和感がありました。たとえば、トイレ掃除を素手で行うことが美徳とされていたり、毎日洗剤を使う習慣が疑問でした。そこでメーカーと連携し、洗浄頻度を減らすコーティング技術や資材の研究・導入を進めました。
現在は、清掃・設備管理のDX化にも注力しています。清掃進捗のリアルタイム共有、点検記録の自動化、報告書の効率作成などを実現し、現場の働き方を改善。見えづらい仕事だからこそ、「成果が見える仕事」へと再定義し、誇りを持てる現場にすることが重要だと考えています。

―――現在は多くの事業を展開されていますね。

棚橋 はい。コンサルティング、地方創生、社会課題解決、デジタルマーケティングなど、ビルメンテナンスから派生した多様な事業を展開しています。
たとえば、オフィスで100〜200人規模のイベントを開催し、岐阜出身の俳優・伊藤英明さんをお呼びしたり、地銀の頭取を招いたこともあります。地域と企業、学生をつなげる「場」としての役割も果たしています。

―――企業支援やブランディング事業も展開されていますね。

棚橋 自社での成功体験をベースに、今は他社の採用ブランディングや経営支援も手がけています。
ドラッグストアチェーンのブランド設計や、経営計画書作成のための合宿なども行っており、“現場と経営、両方を支える伴走型支援”を意識しています。地元中小企業の支援から始まり、現在ではドラッグストアチェーンのブランド設計や、経営計画書作成のための合宿なども行っており、“現場と経営、両方を支える伴走型支援”を意識しています。

―――今後の展望を教えてください。

棚橋 現在、スタートアップ支援やアントレプレナー育成にも力を入れており、行政から「既存の起業支援がうまくいっていない」といった相談も増えています。そうした事業の引き継ぎや再構築も含めて、私たちの現場での実践知が活かせる場面は、今後ますます増えていくと感じています。
また、指定管理事業も、単なる施設運営にとどまらず、まちづくりやIターン・Uターン促進など、地域課題の解決に踏み込んだ展開を目指しています。
「自社だけでは難しい」「これから多角化を考えているけれど、何から始めたらいいかわからない」――そんなときこそ、私たちのような存在を思い出していただけたら嬉しいです。
DX、人材採用・育成、業務改善、そして事業の広げ方。実際にやってきたからこそ、机上の空論ではない、リアルな伴走支援ができます。外国人人材一つとっても「ただ人材を派遣するだけでない。ビルメン業界を分かっているからこその適切な伴走支援」が強みです。
今もありがたいことに、他社や自治体からさまざまなご相談をいただいていますが、今後はさらにその知見を地域や業界の発展に還元し、もっとお役に立てる存在になっていきたいと考えています。

―――現在は岐阜県ビルメンテナンス協会の会長も務めていらっしゃいますね。

棚橋 はい、47歳で就任しました。これまで歴代の会長は長年にわたって業界を支えてこられた方々で、私もその積み重ねの上に立たせてもらっているという意識で取り組んでいます。
一方で、時代の変化とともに、業界にも新しい視点や柔軟なアプローチが求められていることも事実です。全国協会との連携や、現場の声を生かした実践的な取り組みを通じて、これまで築かれてきた土台の上に、より良い形で未来をつくっていけたらと思っています。