70代未経験で見つけた居場所―高齢スタッフの本音と活躍を支える環境
人生100年時代、定年後や子育てを終えた後も「社会と繋がり、働き続けたい」と願う高齢者は年々増えています。しかし、長年のブランクや異業種からの転職にはさまざまな不安や、心理的・体力的なハードルが潜んでいるのが現実です。
●70代・未経験から飛び込んだ女性たちの「本音」と日常
若年層の採用難が続く中、多くの現場が人手不足に悩まされています。そうした状況下で、70代で未経験のシニア人材は本当に定着し、現場の戦力として活躍できるのでしょうか。長年のブランクや体力的な不安を抱えながらも、一歩を踏み出し、新たな職場で輝き始めた2人の女性がいます。一人は長年家庭を支え続けてきた専業主婦、もう一人は緻密な作業と気配りが求められる事務職からの転身です。
彼女たちはなぜその仕事を選び、日々どのような思いで清掃業務に向き合っているのか。当事者たちの嘘偽りない本音を深掘りすることで、シニアが生き生きと活躍するためのヒントを考えて行きます。
ケース1 専業主婦から金融機関の清掃へ。Aさん(70歳)が感じた「感謝の力」
プロフィール: 70歳女性(前職:専業主婦)
業務内容: 金融機関(3階建て)の共用フロア・トイレ清掃
勤務形態: 週3回・午前中3時間
Aさん(70歳)は、長年専業主婦として家庭を支えてきました。いざ「社会に出て働きたい」と思い立ったものの、長期間のブランクや年齢が壁となり、仕事探しは難航しました。
そんな彼女が現在いきいきと就業しているのが、3階建て金融機関における共用フロアとトイレの清掃です。未経験でしたが、日常の「掃除」の延長として無理なく取り組めています。週3日・午前中3時間という勤務条件は体力的な負担が少なく、現場の軽量コードレス掃除機のおかげで身体への不安もありません。
そして何よりのモチベーションは、職員からの「いつもありがとう」という温かい言葉です。家庭では得られにくかった「社会貢献」の実感に直結しており、Aさんは自分に合ったペースで働きながら、清掃の現場に確かな居場所を見出しています。
ケース2 事務職からビルの日常清掃へ。Bさん(71歳)が見つけた「自分のペース」
プロフィール: 71歳女性(前職:事務職)
業務内容: 8階建てビル共用部の拭き掃除・掃き掃除
勤務形態: 週2回・3時間
前職で長年事務職を務めてきたBさん(71歳)。当時は周囲の状況に気を配り神経を使う場面も多かったことから、「もっと自分らしく働ける場」を求めて今の職場へ踏み出しました。
現在担当しているのは、8階建てビルの共用部における拭き掃除と掃き掃除です。当初はその規模から体力面での不安を抱えていましたが、実際の移動にはエレベーターを使用でき、足腰に負担のかかる階段の昇降がありません。
このハード面での安心感が、無理なく仕事を継続できる大きな要因となっています。自宅から通いやすい点も功を奏し、仕事のペースを掴んだ現在では身体への負担も少なく、非常に働きやすい環境だと感じています。
●専門家の視点:高齢スタッフが「長く、安心して」働き続けるためのポイント
前段で紹介した2人の女性の活き活きとした姿には、シニア人材を現場にしっかりと定着させるための重要なヒントが隠されています。ここからは視点を変え、慢性的な人手不足に悩む経営層に向けて、高齢スタッフを確かな「戦力」として迎え入れ、共に成長していくための具体的なノウハウを考えて行きます。
体力面を補うハード面の工夫や、仕事へのモチベーションを高める配置、そして労務管理のポイントなど、スタッフさんが「長く、安心して」働き続けるために欠かせない職場づくりの要点もお伝えします。
1. 高齢者が仕事に求めているのは「賃金以上の報酬」
高齢となるスタッフさんが新しい仕事に求めるものは、決して経済的な理由や時給の高さだけではありません。もちろん収入は大切ですが、それ以上に、Aさんの事例に見られる「社会との繋がりを持てることや、他者から直接感謝される喜び」、あるいはBさんのような「過度なストレスがなく自分のペースを守れる自律的な働き方や心地よさ」といった、賃金以外の精神的な報酬を重視する傾向が非常に強いのです。
だからこそ経営層や現場のリーダーは、高齢者を単なる「欠員を埋めるための労働力」として扱うべきではありません。スタッフさんの「生きがい」や「自己実現」を叶える場として職場づくりを意識し、日々の声掛けやサポートを行うことが重要です。個人の働きがいを尊重するマネジメントは、結果的にスタッフさんの帰属意識や定着率を高め、業務の質を向上させることで、企業側に計り知れないメリットをもたらしてくれるでしょう。
2. ハード面のちょっとした配慮が「採用と定着」の鍵になる
シニア層の採用を成功に導き、長く働いてもらうためには、実は現場のささやかな工夫や思いやりが鍵となります。働く意欲が十分に熱くても、「自分の体力が最後までもつだろうか」という懸念から応募自体をためらう高齢者は少なくありません。そこで「作業中の移動はすべてエレベーターで完結する」「軽量化されたコードレス掃除機や扱いやすいモップを導入している」といった日常的な負担軽減策が、スタッフさんの不安を取り除く決定的な後押しとなります。
求人を出す際も、時給や勤務日数といった基本条件だけを羅列するのではなく、こうした「身体に無理のない環境であること」を具体的にアピールすることが重要です。現場の動線を見直したり、負担の少ない道具への切り替えを行ったりすることが、他社との差別化を図る魅力的な募集条件となります。採用後のミスマッチを防ぎ、人材の定着率を劇的に高める有効な一手といえるでしょう。
3. 環境整備を後押しする「支援制度」と「ルールの明確化」
高齢スタッフが安全に、かつ快適に働くための設備投資や環境整備は、企業にとってコスト負担が懸念されがちな部分です。しかし、こうした職場環境の改善や安全対策に対しては、「エイジフレンドリー補助金」や、各自治体が設けているシニア雇用促進のための各種助成金など、公的な支援制度を活用できるケースが多くあります。これらを利用すれば、金銭的なハードルは大幅に下がります。
また、シニア層の体力や生活スタイルに合わせた短時間勤務などを導入する際は、就業規則を整備し、雇用契約の内容を明確に整えることが、後々の労務トラブル防止に直結します。社会保険労務士としての視点でお伝えすると、これらは単なる「出費」や「手間」ではなく、制度を賢く活用した未来への「投資」にほかなりません。資金繰りを圧迫せずに定着率を高め、安全に働ける仕組みづくりを進めることが、時代に負けない強い組織の土台となります。
まとめ:高齢者雇用は、現場を豊かにする「共創」の始まり
高齢者雇用を、単なる「若手が不足している分を埋めるための手段」と捉える時代はもう終わりました。シニア世代が心身ともに健やかに、そしてスタッフとして誇りを持って長く働き続けられる環境を整えることは、現場のサービス品質を底上げし、最終的には企業の生産性や顧客からの信頼度を向上させる極めて重要な経営戦略になります。
新しい時代の職場づくりは、現場で働く一人ひとりの悩みや小さな不安に真摯に耳を傾けることから始まります。経営側が現場のリアルな声に応え、歩み寄る姿勢こそが、シニア世代の豊かな経験を企業の力へと変える「共創」の礎となるのです。まずは目の前のスタッフとの対話から、持続可能な組織への第一歩を踏み出してみませんか。
大塚 訓
資格:社会保険労務士・企業研修ビジネス構築コンサルタント (株)オフィス・オークン代表取締役。社労士として助成金業務を行う傍ら、助成金を活用した研修獲得の支援をする「研修獲得アカデミー」を主宰。著書に『研修講師が高単価の仕事を獲得するための提案書』など。
