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ごみを出さないことが大前提。廃棄されたごみは適切に分別し、リサイクルできるものは日本へ持ち帰る。

2021/11/30 13:02

2021.10.22 17:00 更新

人間が活動する上で、ごみとどう向き合うかは避けて通れない課題だろう。ごみの問題は地球温暖化にも大きく関係する。ごみを焼却する際に発生する温室効果ガスに加えて、ごみ処理やその運搬にも多くのエネルギーが使われ、その分だけ二酸化炭素が排出される。第62次南極地域観測隊が働く昭和基地でも、ごみの廃棄には細心の注意を払っているという。環境問題の最前線からのレポートをお届けする。


映像で見た日常の光景から感じた違和感

ある休日、何気なく見ていたDVDのワンシーンで、主人公がコンビニで買い物をする場面がありました。基地では現金を使うことも、買い物をすることもありません。映像の中で、商品がたくさん並んでいる店内を主人公が歩いている様子を見ながら、「懐かしいなぁ、帰国したら何を買って食べようか……」などと想像を膨らませていました。

ところが、主人公がズラリとジュースが並んだ棚で商品を選ぶ映像が映し出されたとき、私は「違和感」を感じました。

うわぁ、こんなにたくさんペットボトルの飲み物が売っているのか……、これは大量のごみになっちゃうな……、どうしてペットボトルでないと駄目なんだろう……。いつの間にか、DVDの内容そっちのけで、ごみのことを考えている自分がいました。なぜそのようなことを考えたのか、基地の生活スタイルから改めて考えてみました。


昭和基地のごみ事情について

基地では皆がいつでも自由に飲めるように、粉末のお茶やスポーツ飲料がピッチャーに作って用意されています。普段は各自がそれをマイコップに注いで飲んでいます。ペットボトルの飲料もありますが、洗うのが面倒なので積極的に飲むことがなくなりました。
洗うのが面倒というより、ごみが増えることに対して抵抗感を感じるようになったというのが大きな理由です。

基地の生活では、食事の準備やごみ処理の仕事が割り当てられた「当直係」が定期的に回ってきます。自身がごみ処理の当直係のとき、ごみをまとめて集積所に持って行くのに、空き缶の洗い方が雑だったり、量が多くて重かったりとするとうんざりしてしまいます。ですから、自然と自分がごみを捨てるときは、当直係の人へ迷惑がかからないようにていねいな分別を心がけるようになりました。

基地のごみは、細かく分類して廃棄します。(写真提供:国立極地研究所)

迷った時は分類表で確認します。(写真提供:国立極地研究所)


リサイクルでもエネルギーを消費する

基地の生活で廃棄されたごみは、現地で焼却されるものと、日本に持ち帰るものに大きく分けられます。ごみの分類方法はとても細かく、17種類に分別しなければなりません。
可燃ごみは基地の焼却施設で灰に処理され、生ごみは炭化処理されます。処理し終えた灰はすべて日本に持ち帰ります。

プラスチックごみはそのまま日本に持ち帰りますが、食べ物の容器などのプラごみは可燃ごみとして扱います。きれいに洗えばプラごみになるのですが、洗浄には貴重な水を使う必要があります。基地では洗浄に使えるほど潤沢に水があるわけではありません。そこで、汚れたプラスチックは可燃ごみとして処理しているのです。

実は、これにはもう一つ理由があります。少しでも汚れがついていると、後々大変なことになってしまう場合があるのです。南極観測船「しらせ」が南極を後にするときには、昭和基地から廃棄物を積んで日本に向かいますが、もし生ごみが混入していると、赤道付近を通過するときに暑さで腐敗してしまい、船の中で異臭騒ぎ(!)になってしまいます。ですから昭和基地では、少しでも食べ物に触れたごみは可燃ごみとして処分しているのです。

基地では南極の環境を汚さないように、廃棄物は全て持ち帰らなければなりません。しかし、リサイクルするために日本へ輸送するには燃料が必要で、基地で焼却するにしても電力を消費します。結局のところ「消費→リサイクル」では、環境負荷の低減に結びつけることが難しく、根本的なごみの発生量を抑える取り組みが必要という結論に至りました。

廃棄する前にごみの重量を計測します。(写真提供:国立極地研究所)

大きなごみはコンテナに収納して日本まで持ち帰ります。(写真提供:国立極地研究所)


発生抑制こそがごみ問題解決のカギ

ペットボトルだけでなく、日常生活で多用されるプラスチック製品や過剰包装は、しばしば環境問題の観点から話題になります。日本では大量生産、大量消費、大量廃棄の悪循環から脱却するための取り組みとして、循環型社会形成推進基本法によってリサイクルの推進などが励行されています。

私自身、日本にいるときには生活の中で「リサイクルできるものはリサイクルに回す」という姿勢でいましたが、昭和基地での生活を通じて、リサイクルよりも「発生抑制」が大切であることに気づかされました。
一方で、発生抑制は消費の落ち込みにつながるのではという懸念と、技術革新がなされるかもしれないという期待とがせめぎ合っています。地球温暖化防止に向けた即効性のある対策は、消費者意識も含めた大胆な方針転換ができるかどうかがカギです。

私自身も、帰国したらマイボトルを積極的に使おうと決意しています。小さなことですが、そうした個人の努力なくして大きな成果は望めないのですから。


南極や北極、高山にある氷河など地球の一部に氷河が存在する時代を間氷期と言います。地球上の多くの場所が氷河におおわれた氷期とは違い、温暖な気候が続いています。今はまだ地球は氷河期であることに違いはありません。
 しかし、南極や北極、高山の氷河は融解が止まりません。皆さんがご承知の通り、温暖化の進行によるものです。地球上の氷が少なくなると、地球はこれまで以上に太陽からの熱(太陽エネルギー)を吸収しやすくなります。
これを「アルベド」といい、地表面の反射率とも言えます。地球の赤道付近では20~30%ですが、雪氷に覆われている極地などでは80%に達します。氷河の減少によって、さらなる温暖化の加速に繋がるアイス・アルベド・フィードバックが起きると言われています。

日本の南極観測について

日本の南極観測のルーツは、今から100年以上前の明治45(1912)年に、白瀬矗(しらせ・のぶ)ひきいる南極探検隊によって実施された学術探検にまで遡る。その後、昭和32(1957)年〜昭和33(1958)年に行われた国際地球観測年(International Geophysical Year; IGY)と呼ばれる純学術的な国際協力事業の一環として、閣議決定に基づき、昭和31(1956)年に第1次南極地域観測隊の派遣が決定し、途中南極観測船の引退に伴う中断をはさみつつ、現在まで60年以上も南極観測を続けている。
第62次南極地域観測隊は、昭和基地での観測、特に長期間にわたり高い品質のデータを取得し、広大な南極大陸に展開された国際観測網の一翼を担ってきた定常観測やモニタリング観測、加えて重点研究観測サブテーマ1「南極大気精密観測から探る全球大気システム」で実施する先端的な観測の継続を計画の中心に据えている。そのため新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、夏期間は、観測継続に必要な人員の交代と物資輸送を最優先として計画し、その他の観測・設営計画は、特に継続性が必要なものに絞りこまれた。
これにより、東京海洋大学練習船「海鷹丸」や南極航空網を用いた別動隊は編成せず、南極観測船「しらせ」を用いた本隊のみによる行動となり、「しらせ」の行動も、我が国の南極地域観測の歴史の中で初めて、他国に寄港しない計画となった。

出典:大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所「南極観測」

日本の南極観測の最前線が昭和基地

1957年1月29日、第1次南極地域観測隊によって東オングル島に開設された昭和基地。開設当初わずか4棟のプレハブ建築からスタートした基地は、今やおよそ70棟に拡大し、自然環境への悪影響を最小限に抑えるため、先進の省エネ技術もいち早く導入されている。発電機の余熱を回収して温水として有効利用するコージェネレーション・システムは、1次隊から採用されている。

第62次南極地域観測隊・越冬隊員
伊達元成(だて・もとしげ)さん
担当:基本観測/モニタリング観測 気水圏変動
所属:国立極地研究所南極観測センター

北海道・伊達市にある「だて歴史文化ミュージアム」で市学芸員を務めていたが、子どものころからの夢であった南極地域観測隊参加の機会を得て、民間から隊員採用された。仙台が生んだ武勇の将・伊達成実公に繋がる亘理伊達家20代当主。