全国ビルメンテナンス協会は、めでたく還暦を迎えた。
幅広い活躍で知られる女優の紺野美沙子さんを聞き手にお招きし、これまでの歩みと現在地、そして今後の展望を協会トップが語る。
構成=文芸春秋メディア・プロデュース室 撮影=山元茂樹(文藝春秋) ヘアメイク=金田恵理子 スタイリング=石田純子(オフィス・ドゥーエ)
衛生、清掃、設備、警備・防災……
その役割はまるで「総合診療科」
多彩な資格がビルメンテナンスの屋台骨を支える
1980年、NHK連続テレビ小説「虹を織る」のヒロイン役で人気を博す。2010年から「紺野美沙子の朗読座」を主宰。2022年より、横綱審議委員会の委員も務める。
1992年、株式会社ジャレック代表取締役社長に就任。2014年より東京ビルメンテナンス協会会長を務め、2023年に第8代全国ビルメンテナンス協会会長に就任。
紺野仕事柄、私は全国各地の劇場やホールに赴く機会が多いのですが、公演の前後に、清掃の方が作業なさっているのをよくお見かけします。こういったメンテナンスを担ってくださるみなさんのおかげで、日々気持ちよく舞台に立つことができているんだなと感謝しています。
佐々木まさに「縁の下の力持ち」といいましょうか、みなさんに見えていない場所や時間帯に環境を整えるのが、私たちの仕事の基本中の基本ですね。
紺野「ビル」という言葉が冠されているものの、こちらの協会の会員企業がメンテナンスを手がける対象は、いわゆるオフィスビルには限りませんね。
佐々木はい。先ほど紺野さんが例に挙げられた劇場をはじめ、ホテルや病院、商業施設、それから競馬場など、その範囲は多岐にわたります。
紺野一言でビルメンテナンスと言っても、取り扱う業務は、さまざまな分野に分かれていますよね。
佐々木ええ。衛生管理、清掃管理、設備管理、エネルギー管理、そして、警備・防災などが主な業務となります。
紺野バラエティに富んでいますね。
佐々木かつて、これらの仕事はそれぞれのビルが直接スタッフを雇って行っていましたが、今では、そのほとんどが外部に委託され、私たちの業界がまとめて担うことが通例となっています。
紺野ビルメンテナンスに関わる資格が、たくさんあることに驚きました。ビルクリーニング技能士、電気主任技術者、エネルギー管理士……。
佐々木なかでも、幅広い専門知識が求められるため、合格率が20%程度と取得が難しいのが、「建築物環境衛生管理技術者」。
紺野かなりの難関なのですね。
佐々木こちらは、通称「ビル管理士」と呼ばれる国家資格です。現在、3,000㎡以上の面積を有する建物は特定建築物と定められており、その総合管理のためには、この資格の保持者を選任することが義務づけられています。
紺野ビルメンテナンスは、病院になぞらえると、総合診療科のような存在だと感じました。ビルという身体の各部位に関し、内科や外科など、さまざまなアプローチでケアを行うわけですから。
佐々木まさにおっしゃる通りで、私たちは、建物の軀体そのもののケアも行います。例えば、屋上の防水加工が経年劣化した場合は補修工事をしますし、法律で定められた外壁の定期点検と行政への報告も代行します。また、内装の変更や電気工事のような専門的作業まで手がけています。
紺野大車輪の活躍ですね。医療にたとえれば、循環器や消化器までしっかり診てくれるかのよう。
佐々木基本的に、建物で発生する業務なら何でも対応するというスタンスです。お客様からすれば、何か問題が起きるたびに個別の業者を探す必要がありませんから、とても利便性が高い。
2,800を超える会員企業のさまざまなニーズに応え続けて
公益性の高い団体として重要な責務を果たす
紺野そんな風に多種多様な業務を行う企業を束ねていらっしゃる全国ビルメンテナンス協会は、どのような役割を担っているのでしょうか。
佐々木2,800を超える会員企業のさまざまなニーズに応えることが、主な仕事となります。特に大きい割合を占めるのが、講習会や試験の実施ですね。
紺野かなりの会員企業を抱えていらっしゃいますが、規模や立地にはかなりの違いがありますよね。
佐々木ええ。大手の企業は自社で情報収集が可能ですが、中小企業ではアンテナを立て続けるのも難しい。すべての会員企業にしっかりと正しい情報を行き渡らせることが、私たちに与えられた責務の一つだと考えています。
紺野現代において、情報格差を生じさせないのは、非常に大切なことですよね。
佐々木つまり、足並みを揃える手伝いをしているんです。もしもどこか一社が何かしらの問題を起こせば、それは業界全体の信用の毀損につながりかねません。協会に加盟しているという事実が、信頼に足る企業である証明となることを目指しています。
紺野お墨付きが得られるということですね。
佐々木全国ビルメンテナンス協会は、公益社団法人という側面も有しています。そのため、厚生労働省や国土交通省等官公庁から依頼を受けて、国家資格の検定試験を実施したり、政府の諮問委員会に委員を派遣したりと、公益的な活動も行っているんです。
紺野公共性が高い団体なのですね。
佐々木ええ。だから責任は重大です。
紺野実は、私の古くからの友人の旦那さんがビルメンテナンスの会社を経営しているのですが、最近、人材の確保がなかなか難しいと聞きました。
佐々木少子高齢化による人手不足は、現在、どの産業も抱えている共通の悩みです。
紺野看護や介護などの現場でも、需要に供給が追い付いていないといいますが。
佐々木ビルメンテナンスもまた、看護師や介護士同様に、現代社会にとってなくてはならないエッセンシャルワーカー。清潔で安全な環境を守るために、私たちの仕事は不可欠です。
紺野何か、具体的な施策は打ち出していますか。
佐々木はい。今、この業界では、外国人材の力が非常に重要となっています。
紺野確かに、ビルメンテナンスの現場でも、外国人のスタッフを目にすることが増えました。
佐々木以前は、日本の技術や知識を開発途上国に移転することを目的とする「技能実習制度」が中心でしたが、近年では、特定の産業分野で活躍する外国人材を受け入れる「特定技能」という在留資格ができ、日本で長く働いてもらう道も開かれています。
紺野高齢の方の雇用も進んでいるのでしょうか。
佐々木ビルメンテナンス業界は、高齢者の就業率が高いのが特徴の一つ。意欲と健康が伴えば、年齢制限なく働くことができる職場だといえるでしょう。それまでのキャリアを生かし、80歳を超えても管理能力を発揮する方もいらっしゃいます。
紺野80歳! 私も見習いたいですね。
佐々木ええ、頼もしい限りです。
紺野先ほど、エッセンシャルワーカーという言葉が出ましたが、その重要性が浮き彫りになったのが、コロナ禍だったと思います。
東京オリンピック・パラリンピックへの貢献
佐々木あの時は、予想もしなかった新しい脅威を前に、一からガイドラインを策定するなど、対応に追われました。あの経験は糧となっています。
紺野ビジネスの上でも、場合によっては相当な苦境を迎えたのではないかと察するのですが。
佐々木経営面では、お客様との契約内容をどうすべきかという課題が浮上しました。例えば、商業施設や宿泊施設など、集客が激減してしまった施設では、メンテナンスの需要も失われるわけです。ホテル専門にビルメンテナンスを行っていた会社では、倒産するところさえありました。
紺野本当に大変な状況でしたね。
佐々木その緊急事態に際し、全国協会は、業界の代表として、何かの手を打たなければならない。そこで、関係する省庁や議員連盟に要望を提出し、一定の成果を上げることができました。
紺野東京オリンピック・パラリンピックでは、全国協会も多大な貢献をなさったんだとか。
佐々木首都圏の1都4県の会員企業に協力していただき、「ビルメン事業共同企業体」を設立。選手村のメンテナンスを担当しました。ご存じのように、結果として両大会は1年延期となりましたが、当初参加予定だった企業が、ほとんど欠けることなくそのまま参加してくださったんです。
紺野さぞかし驚かれたことでしょうね。
佐々木ええ、同時に、とても感激しました。
紺野佐々木会長がこの業界に入られてから、50年以上の歳月が経つとうかがいました。
佐々木知人の紹介を受け、現在の会社に入社する運びとなったのですが、当時は、ビルメンテナンスという業種があることすら知りませんでした。
紺野まだ知名度が高くなかったんですね。
佐々木その知人に「将来、成長することは間違いないし、なくなることもない業種だから」と推奨されたんです。その通りだなと確信を抱きました。
紺野約半世紀が経って、大きく変わったと感じる点はどんなところでしょうか。
佐々木やはり、技術の進歩には著しいものがありますね。昔は、油を染み込ませたモップで床を拭くのが当たり前でしたが、今では、ワックス不要のドライ方式が主流になっていたり。
紺野機械化も進んでいますか。
佐々木ええ。かつて、ボイラーを操るには熟練した技術が必要でしたが、時代とともに機械の性能が上がり、難しいスキルが求められなくなりました。機械の進化とともに電気系統の存在感が高まったので、今、大きな建物の管理で重宝されるのは、電気主任技術者等の資格の持ち主ですね。
包括的なビルメンテナンスは日本ならではの誇るべき業態
全国の現場を知ったことが大きな財産に
紺野全国協会の会長として、日本のビルメンテナンスならではの特徴についてご説明いただければ。
佐々木実は、清掃、設備管理、警備など、包括的なビルメンテナンスを一つの会社がトータルで請け負う業態は、日本にしかないんです。
紺野そうなんですか。知りませんでした。
佐々木他の国では、清掃なら清掃、設備なら設備、警備なら警備と、専門ごとに分業されている場合がほとんど。特に、ヨーロッパはユニオンの立場が強いですから、その傾向が強い。
紺野ビルメンテナンスにも、歴史や風土が影響を与えているということですね。
佐々木オーナー側にしてみれば、すべてを一社に任せることのできる日本のシステムは、合理的で安心感も高い。非常に優れていると思います。これは、世界に誇るべき長所ではないでしょうか。
紺野佐々木会長は、理事の時代を経て、2023年から全国協会の第8代会長を務めていらっしゃいます。協会の仕事に関わってこられた中で、思い出に残る出来事というと?
佐々木協会の活動を通じ、全国の同業者の方々と知り合えたことですね。それぞれの地域ごとに抱える問題はさまざまですが、直接お会いして話をする中で、お互いの置かれた状況を理解し、コミュニケーションを深めることができました。また、幅広い業種のお客様とお付き合いし、その現場を知ることができたのも、非常に勉強になりました。これらは、私にとって大きな財産となっています。
紺野貴重なお話をありがとうございました。今後は、いろんなビルを訪れるたび、そのメンテナンスについて想像を働かせることになりそうです。
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